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アサーションスキルが気になりすぎる

アサーション?何?

アサーションとは、相手を尊重しつつ自分の意見を主張するコミュニケーション方法の一つです。 アサーティブなコミュニケーションを身に付けることで、伝えにくい事をきちんと相手に伝えることが出来るなど、対等なコミュニケーションを取ることが出来るようになります。

↑グーグル先生

ということらしいです。

  • アグレッシブ
  • ノンアサーティブ
  • アサーティブ

の3種類のコミュニケーション方法があり、自分がどのタイプなのかを知ることで、自分の癖や良くないパターンを知り、よりよい関係を築くための気づきとします。

DESC法

『D』:Describe(描写する)客観的に状況・事実を伝える
『E』:Express(表現する)自分の意見や感情を表現する
『S』:Specify(提案する)相手に求めているものを言葉で伝え、提案する
『C』:Consequences(結果を伝える)提案したものの実行/不実行による結果を伝える

これらの視点を持つことで相手とのコミュニケーションが円滑になっていきます(らしいです)

ABCDE理論

「ABCDE理論」は、Activating event、Belief、Consequence、Dispute、Effectsの頭文字を取ったもので、それぞれ次のような意味を持ちます。

『A』:Activating event(出来事)
『B』:Belief(信念:受け取り方や感じ方)
『C』:Consequence(結果としての感情や行動)
『D』:Dispute(非合理的なBに対する反論)
『E』:Effect(Dによる効果)

つまり出来事があって結果があるのではなく、その間に受け取り方や感じ方による解釈があり、結果があるという考え方です。

不適切な信念をもっていると、出来事は誤った解釈によってネガティブな結果を生むことになります。

ABC理論を用いて不適切な受け取り方を修正し、合理的で健全な受け取り方に書き換えることがこの理論の目的です。

他にも、、、

アイキャッチ・・・物事を自分視点で言葉にしてみる

など、アサーションはビジネスや友人関係のコミュニケーションの場で、学んでおくと良いスキルです。

私は学び始めたばかりで、まだまだできませんが、意識していくことで少しでも目の前の相手の懐に入り込んで行きたいと企んでます(笑)

自分の言いたいことを伝える。言いたい、言ったではなく、伝えたい想いがあるとき、ありません??

伝えたいんだよ。わかって欲しいんだよ。たのむ、伝われこの思い。ってとき、あるもんね。

がんばるぞ!

ほな。

参考ページ

https://www.hrbrain.jp/media/human-resources-development/assertion

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仕事のこと

情報のソースが気になる。普通だと思っていたら普通じゃなかった。

お久しぶりです。長らく書いていませんでした。

言い訳は「仕事が忙しくて」です。

PTA

仕事はもちろん忙しい方が良いのですが、PTA、、、地味にしんどいですね。精神的に、くる。頑張っても成果にならないし、そもそも成果ってなに?お金にならないし、ボランティアみたいなもんか。それに時間と脳みそ持ってかれる、、、地味にしんどいっす。会社もちがう、育った環境もちがう。子育ての哲学もなにもかも違うのに、同じ場所で活動しないといけなくて。意見の相違が当たり前。あーしんど。

情報の元が気になる

仕事をしていて、「それ、誰の意見?」「その希望はお客様?自分?」って突っ込むことが多いです。

新聞は記者の癖があるし、同じ件でも新聞によって見解が分かれる。テレビなんてもうどこからの情報で「ナンバーワン!」とか言ってるのか謎。どの世代?何人に聞いたの?いつ聞いたの?誰が調べたの?それによっては偏りでるよね?東京都の人だけ?東西南北まんべんなく?老若男女朝も夜もいつでも?それが?ナンバーワン??

ここまで来ると屁理屈みたいですねw

部下に「これ、間違ってませんか?」と聞かれると「間違ってると思っているのはあなたの意見?誰かに言われて気づいたの?」というところが気になる。

だって、情報の出どころによって、対応変わってきますよね?

自分で間違いに気づいたなら、部下を褒める。

誰かに言われて気づいたなら、教えてくれた人にお礼をするように指導する。

言われた人が取引先やお客様なら、場合によってはお詫びをしなくてはいけない。

「これ、間違ってませんか?」の一言だけでも、ソース(情報源)によってこれだけ違う対応になるのです。

ソースを知ろう

これ読んで、「はっ」とした方いませんか?自信過剰で他人を見下している人は、細かいことに気が付きにくい傾向にあります。

ソース(情報源)を知ってから対応するだけで「仕事ができる人」の一歩を踏み出せます。

自分は、部下を二人抱える上司「A」だとして、

B.後輩に「これ、間違っていると思うのですが」と声をかけられて「本当だね、よく気がついたね」と後輩を褒めている部下

C.後輩に「これ、間違っていると思うのですが」と声をかけられて「この間違いは誰が気づいたの?」「〇〇社の△さんが構成の段階で気づいてくれました」「まずAさんに報告してから、△さんにお礼を伝えるから電話繋いで。」

あなたがAさんなら、BとC、どちらを部下に持ちたいですか?Cを部下にもったら、Aの出世も早くなりそうですよね。

Cは△さんにお礼を伝えることによって、会社の信用も上げているんです。「小さなミスも共有していて透明性の高い会社だな。Cさんもその後輩さんも丁寧で良い仕事をするな」となります。

Bは、その場で後輩を褒めて終わり。後輩からは「ちょろい先輩だな。」と舐められる可能性もありますし、△さんからの信用が上がることもない。

ソースを気にする。ビジネスパーソンには必須スキル何じゃないかな。と思っています。

久しぶりなのに、真面目。

ほな!

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”ジョハリの窓”の「盲目の窓」に注目する事にしたらびっくりするほど視野が広がった

ジョハリの窓について

まずは ジョハリの窓 をググっていただくのが手っ取り早いですが、超ざっくり解説すると

コミュニケーションにおいて自分をどのように魅せるかを提案する考え方で、心理学者の「ジョゼフ」さんと「ハリー」さんが提唱したので「ジョハリの窓」と呼ばれています。

この窓は4つに分かれていて

「自分の理解」と「他人の理解」の有無で分けられています。

「自分も他人も理解している自分」=「開放の窓」

「自分は理解しているけど他人は理解していない自分」=「秘密の窓」

「自分は理解していないけど他人は理解している自分」=「盲目の窓」

「自分も他人も理解していない自分」=「未知の窓」

開放の窓

自分が自分に対して思っている事と、他人が自分に対して思っていることが一致している部分の自分が、ここに当てはまります。

「私は明るくて誰とでも仲良くなれる」という自己評価と、「あなたは明るくて誰とでも仲良くできるね」という他者評価が一致している部分の自分。これが開放の窓に当てはまる自己です。

「自分は陰険なところがあるな」「あの人、陰険よね」というマイナス評価も自分と他者の評価が一致していればここに含まれます。

秘密の窓

自分だけが知っている他人に見せない自己の部分がここにあたります。

他人の前では明るく朗らかだけど、家では笑うこともなく根暗。とか、他人からは「あの人はとてもポジティブで悪口言ってるところを聞いたことが無い」という人でも、実はツイッターの裏垢でアンチコメしまくってストレス発散してる、、、このことは誰にもナイショ。といった、自分だけが知っている自己の部分です。

悪ぶってるけど親孝行。なんていう良い秘密の自己を持っている人も多くいると思います。

未知の窓

自分も、他人も気づいていない、まさに未知の自分です。

本人も他人も気づいていない意外な才能とか、

ひょんな事で目を覚ますサイコパスな部分とか、、、

良くも悪くも、誰でも未知の自己が眠っているのでは無いかと考えられています。

盲目の窓

私が注目しているのはここです。

自分には見えていないけど、他人からは見えている自分。

自分では頑張っているつもりでも他者の評価がついてこないとき、ここの窓に当てはまる自己が悪さをしているのではと思うからです。

自分の事はわからなくても、隣の人を見るとよくわかります。

自己評価「明るく元気」→他者評価「うるさくて仕事の邪魔」

自己評価「根暗で仕事が遅い」→他者評価「真面目で実直」

このように良くも悪くも、自己評価と他者評価がずれている部分、これが盲目の窓に当てはまる自己です。

自分ではフレンドリーな接客をしているつもりでも、見る人がみたら「気分で態度が変わる品が無い店員」と思われている可能性はないでしょうか。

自分は子供に一生懸命教えているつもりでも、他者から見たら「あんなに口やかましく注意されたらあの子はやる気を無くすだろうな」と評価されている可能性も。

おそらく、なんだかんだで、他者評価よりも自己評価が高い人のほうが多いのではないでしょうか。

例えば、、、

自分は誰よりも早く職場に来ている。誰よりも長い時間働いているのだから評価されてもいいはずだ。という自己評価でも、、、

あの人、なんで無駄に早くきてるの?短時間でどれだけ成果出すかが大切なんだ。という上司の他者評価だったとしたら、、、

盲目の窓の自分に早く気づいて方向転換しないと、いつまでも無駄な努力をし続ける事になります。

そう、盲目の窓の自己は、無駄な過大自己評価した自分が当てはまっているような気がしてならないのです。ジョハリの窓について学べば学ぶほど、恥ずかしい気持ちになってくるのです(汗)

まずは、松下幸之助さんが何度も何度もおっしゃているように「素直な自分」になって、他人から評価されやすい自分になることが大切だと感じています。去勢を張って見栄を張って「なるべく注意されないように、マイナス評価をうけないように、自分を大きくすごい人にみせるんだ!」こんな人は他人の話に耳を貸さないので「あの人には何を言っても無駄だよ、どうせ反論してくるし、言う事きかないから」と評価され、一生「盲目の自己」を知ることができません。つまり、一生無駄な努力をし続けて生きていくことにすらなり得るのです。

一度きりの人生。有限な時間を有意義に使って楽しく幸せな一生を歩くには、盲目の自分とたくさん向き合って成果を出して、他者貢献して行くのがいいな、、、と私は思うのです。

「他人の評価ばかり気にして生きるのはつまらないよ」

それもごもっともです。

評価ばかり気にするということではなく「裸の王様」は嫌だなぁ。と思うのです。

だから、自分と向き合ってゆきます。

ドMか?ただのドMなのか???

ほな!!