カテゴリー
子育てのこと 家族のこと 未分類

幼児41度の発熱の恐怖

41.1℃

目を疑う

時間は夜8時

娘(5歳)ぐったり

先天性代謝異常である

アミノ酸の代謝異常が併発すると命の危険

ポカリは飲める

他に症状は無い

目の焦点は合っている

頭から湯気が出るほど

通常は夜間小児外来みたいなところに駆け込むべきだが、直で総合病院へ連絡

先天性代謝異常の事も伝えて、救急外来(救急車が発着する所)へ

熱があるためコロナ検査が必要

救急車が何台も到着しており車で30分待機

娘は私の腕の中でウトウト

簡易防護服着た看護師さんが車まで来てコロナ検査

細い綿棒を鼻から突っ込むやつ 娘号泣

そのまま個室に通される

15分ほど待機

当直の形成外科のお医者さんが問診と触診

代謝異常の状態確認のため血液検査必須

注射を大泣きして嫌がるがなんとか採血完了

夕ご飯を食べていないので点滴処方(主にブドウ糖が入った栄養剤的なやつ)

腹痛を訴えたため、腹部のレントゲン撮影

ちょうどきてくれた小児科の先生にも問診と触診をしてもらう

続いて尿検査を試みるも、どうしてもおしっこが出ずに、かわりにうんちがでた!色艶形ともに良好!!

レントゲンの結果、腹部に異常なし(少しだけうんちが溜まってたけどさっき出た)

血液検査の結果も、若干の炎症反応はあるものの特別な異常はなし

アミノ酸代謝異常に関連するアンモニアの値も正常(本当によかった)

コロナの検査も陰性

インフルエンザは発熱後12時間以上経過しないと正確な検査結果が出ないため検査しなかったけど、喉も赤くなく、症状的にはピンとこないと、、、

安心薬として、解熱剤の飲み薬を処方してもらい、帰宅

実に、病院到着から4時間近く経過していた、、、

帰宅後、お腹が空いたから夕飯のエビフライと白米を食べたいとおねだりされ、ほんの少しずつ食べさせて、ポカリを飲ませて、歯磨きして、就寝

注射を頑張ったことが誇らしかったようでご機嫌で眠った

翌朝、熱は38℃台に

昨夜よりは明らかに元気

夕方には37℃台になり、いつも通りの元気な姿に

さらに翌日の朝には平熱に

120%元気な娘に戻りました

コロナ陰性

RSウイルスでもない

インフルエンザでもなさそう

胃腸炎でもない

ウイルス性でもなさそうだし

何かのバイ菌と特定するほどの根拠もない

という事で、、、

娘が元気なら良いのだ!!

41℃も熱があって、元気のない娘を抱っこしながら、不安でいっぱいだったけど、どこかで思いっきり甘えさせてあげられる環境に感謝する自分もいたような気がします

いつか必ず巣立っていく日がくるんだから、熱がある時ぐらい思いっきり甘やかして思い切り抱きしめてしつこいぐらい愛を伝えたっていいじゃない

定期的に通う病院も、2人きりで楽しく過ごすドライブデーどのようでワクワクしちゃう

あ、この、41℃事件の間、仕事は、休みませんでした

お熱二日目は土曜日だったので、旦那様にお願いして出勤

もともと半日勤務の日だったので15時には帰宅して娘たちとお料理したりお風呂入ったりしました

さらに次の日の日曜日はすでに平熱だったので、旦那様に任せて朝から普通に仕事へ 試験を受ける日だったので午前中は試験を受け午後はガッツリ働きました

今回のようなイレギュラーな出来事が起こった時に心がけているのは、大袈裟に騒がない事と、日常を出来る限り守る事

子供は親の持ち物ではないのだから、本人たちの意思で生きているのだから、親も子供に依存せずに自分の道をキチンと歩かないといけない

不必要に、仕事を休んだり、社会的な約束を果たさないというようなことは極力避ける方が良い

賛否両論えると思うが、私はそうでありたい

あー、、、何事もなくて、よかったーーーー

ほな!!!

カテゴリー
仕事のこと 子育てのこと 未分類

自己犠牲?

好きなことを仕事にするか

仕事は収入のためと割り切って、プライベートで好きなことをするか

究極の選択 みたいだけど

私はまよわず 前者

だって仕事もプライベートも充実させるためには、前者しかありえないから

好きな仕事して、プライベートでも好きなことしたらいい と、思ってます

子供ができたら、なおさらそう思ってるまである

子供は親をよく見ているから、親が楽しそうに生きていたら自分も楽しそうに生きていくだろうし、親が悲観的ならその思考が入り込む

近くにいるからどうしても見ちゃうのだけど、義姉をみていると義両親の影響の、しかも悪いところの影響をモロに食らっている

可愛そうなのが、親がそれに気づけていないところ

義姉の一番近くにいる義両親の影響を受けている事に気づいていないか、うすうす気づいているけど気づかないフリをしている

生き方が、自己犠牲を正当化して、不幸を世の中のせいにして、自分を変えない という、不幸まっしぐらの生き方

不幸というのは、他者評価じゃなくて自己評価としての 不幸

死ぬときに「幸せだったな」「もう一度生まれ変わっても自分でありたいな」という、幸せな気持ちで死ねないのではないか という意味での、不幸

私は「苦労したけど、面白かったし幸せだった 楽しい人生で満足だ この時代に生まれて生きることができて感謝しかない」という気持ちで死にたいから、そこにそぐわない事はしたくない

仕事って、どんな仕事してもそれなりの苦労もあるし、人間関係も複雑だよね それは、好きな仕事でも割り切った仕事でも一定の苦労はある

プライベートも、一定の楽しさと一定のマンネリと一定の辛さがある

だったら、仕事は好きな仕事をしたほうが充実を感じる事が多い気がする 人に話したくなる仕事が多くなる気がする

好きな仕事で努力すると本当に楽しい

成功したらとても嬉しいし

失敗しても成功に繋げられそうな気がするし

勉強も楽しい

嫌な仕事を収入の為に何十年も続けている人は狂気の沙汰だし、それはもうむしろ好きなんだと思うw

私は好きな仕事で四苦八苦している姿を娘たちに見せたい、むしろ見せつけていきたい

おかあちゃんは好きな仕事を楽しくしながらあなた達をそだてたのよ 苦労もしたけどずっと楽しかったよ だって好きな仕事しながら大好きなあなた達と過ごせて最高の人生よ

って、言いたい

そして、あの子達が子育てを始めるころには、少子高齢化が超加速していて、専業主婦になることは難しいかもしれない

そのときに、おかあちゃんを思い出してほしいんだよなー

「自己犠牲で嫌な仕事も我慢して私達のために苦労してくれたんだから、年寄の愚痴ぐらいきいてあげなきゃ」

ではなく、

「おかあちゃんいつも忙しそうだったけど、楽しそうに笑ってたな どうしたらそんなふうになれるのか、話しききにいってみよう」

がいいな

よし、はたらこう

ほな

カテゴリー
子育てのこと 未分類

女性中間管理職

従業員10人ちょいの小さなお店

オーナー社長の次の立場

No.2といえば聞こえはいいけど、ただの中間管理職

同じ立場の同僚がもうひとりいるのでNo.3かもしれない

給料は管理職マジックで、固定給

残業代はつかない

けど、休んだら日給引かれるw

幼少期「選択するときは自分にとって不利な方(嫌な方)を選ぶように」と教えられたからか、苦行を”しめしめ”と思うフシがある

今のポジションも、しんどい

何がいちばんしんどいかって、、、

【帰らないといけない】事だ

小学校の児童クラブ、保育園、どんなに長く居てもらっても18時ごろまで

旦那様がお迎えに行ってくれるけど

帰って7人分の夕食を作らねばならず、同居の義両親は「子供よりも母親が遅く帰ってくるなんてありえない」「親に食事の準備をさせるなんで非常識」という昭和の考え方

もちろん同居スタート時はそんな事はなかった

できることはしてあげるし、せっかく一緒に住んでるんだから頼って欲しい というスタンスだったと記憶している

でも、あちらもすこしずつストレスが溜まってきたのだろう

自分たちが苦労したことばかりを話し、あなたは恵まれているのに家の事をやらなさすぎだとたしなめられるようになった

この親が待っていると思うと、17時あたりから “10分でも早く帰らないとまた罵られる”という暗い感情が襲ってくるここ

スタッフは私が「帰る」といえば「お疲れさまでした」と言ってくれる 子供がいることをわかっているからだ

でも、自分の部署の仕事が追いついていないのに帰るわけに行かない あと少し、あと少しやれば引き継げる!あーーーこのタイミングでこのトラブル!?もう絶対に18時すぎちゃうじゃん、、、という毎日がしんどい

新年会などには家族参加OKだから何度も連れて行っている

スタッフはわかってくれる

でも、一番わかってほしい家族がわかってくれないのだ

それが、一番つらい

旦那が仕事帰りにスロットへ行き、閉店まで打って遅くなろうとも、一言も注意しない義両親 「ストレスが溜まっているんだね」と

私がほんの30分残業しただけで、目を吊り上げており「ただいま」に対して「おかえり」すら言わない

やりくりして生活費を渡すときだけ「ありがとうね」なんて言うけれど、仕事に対しての理解は一切ない

女が、結婚して出産しても正社員で人より少しでも多いお給料を貰うことがどれだけ大変なのかわかっていないし、

かわいい孫たちは、そういう厳しい社会に出ていくのだということも理解していない 今の子供世代が年金で暮らしていけると思っているのか?

「私は子供が寂しいと行ったから、早く上がれる職業に転職したの」と人生の自慢話をする義母

義母は義父に裏切られて借金を背負わされ、その支払のために長女は今期を逃し未だに未婚 独身のままある意味孤独に、幸せを噛みしめることなく一生を歩むのだそうだ

そんな娘をそだてた義母の言うことを、なぜ聞かねばならないのかが謎である

でも、苦行を選ぶ私は、同居を解消せず、不自由の中に自由を見出しながら、「みんな(みんなって誰?)より苦労してるんだからいつかみんな(だからみんなって誰?w)より幸せを感じる日がくるはずだ!!!」と自分に言い聞かせ、今日も幸せに眠るのだ

ほな